五条楽園は知る日とぞ知る、、、夜の街。
最近では周辺に、有名なカフェができたりして、
街の雰囲気もかわりつつあるのですが、
芸妓さんも高齢化しており、
五条楽園歌舞練場はほとんど使われなくなったことから
現在では一般の人でも安価で借りる事ができるようになったそうで
さまざまな催しに使用されています。

初めて行くその場所は一見するとわかりにくく、大通りから目をそらした一瞬、看板を見つけました。

路地を入っていくと、昔はここも営業していたのであろう廃屋があります。
ピンク色の豆タイルがなんとも艶やか。

町の中には豆タイルをあしらったこのような建物が残っています。
昔はたくさんいた豆タイルの職人さんも今ではほとんどいなくなってしまっており、大変貴重なものです。

洋風の建物、側面の外壁には素敵なアールデコ調のステンドグラスが施してあります。

ガラスも割れずに残っているなんて、、、
近代建築好きには、たまらない建物でした。

五条楽園楽園歌舞練場は大正4(1915)年に建てられたという風情あふれる木造建築。
今日の会合の場所です。

仲へ入るとステージがあります。
畳敷きの観客席は、座布団をひいて寛げる70人くらい入れそうでした。

舞台向かって左側には緋毛氈が敷いてあり、
謡や三味線を演奏するスペースがあります。

提灯には五条楽園の紋が入っていて、
緋毛氈といい、艶やかな雰囲気です。

舞台には松の絵の背景もありました。
かつてはここで芸妓さんのおどりもあったんでしょうねぇ。。。

畳敷きの観客席にあった、キセル用の灰皿。
六古女紅場と書いてありました。
女紅場→女性の職業訓練校でここでは芸妓さんになるための勉強を行っていた場所だと思います。(八坂女紅場学園は有名ですよね)

舞台脇には役者さん?や芸妓さん達が舞台へ上がるための
細い廊下がありました。

今では使われなくなった、鳴物も置いてあったり。。。

ロビーには革張りのソファー。

3階には「鳴物教室」がありました。

歌舞練場では今でも、芸妓さんの三味線等の稽古が行われているそうです。
今でもここが使われているのかはわかりませんが、
五線の引いてある黒板がありました。
今回はこういった遊郭・遊里史についての会合で、
五条楽園の組合長さんに貴重なお話をうかがうことができました。

今まで家業として行っていたお茶屋も、
一時期と違って、客足も遠のき、
3分の2が後継者不足に悩まされつつある現状だそうです。。。
芸を売るが身は売らないという芸妓とは違うし。。。
あらゆる風俗が世の中に蔓延し趣味趣向もそれぞれ異なり
この文化もまもなく衰退していくんでしょうね。。
古い建築物好きの私としては、
このままこの場所が消えていくのはとても忍びないと思いつつ。
その背景も色々考えると、やはり存続は厳しいのか、、とセツナクなってしまいました。

帰りにも、少し散策してみました。
明かりのついた、古い木造建築の建物に
着物を着た女性が入っていくのをちらりと横目にみつつ。。
女が一人で歩くような場所ではないんですが、
丸窓のステンドグラスのある素敵な建物は
今ではSOHO向けのレンタルスペースとなっているそうです。(2008年現在)
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